富山県立志貴野高等学校 角谷 昭美
2007年より、富山県の定時制高校に赴任している。近年、定時制高校は生涯学習という観点から、生徒向けの授業を一部一般の方々にも開放し、高校生と社会人が共に学びあう共学講座を設けている。その講座の一つとして自ら提案し、2009年、総合科目として「はじめてのロシア語」を立ち上げた。
たいていの英語以外の外国語講座は、外部講師に依頼して行っているが、英語科一教師としてロシア語も担当(教員免許有)させていただけるというのは、管理職や同僚の理解も必要であり、感謝している。
高大連携という意味では、このロシア語講座を受講したから大学でもその進路に進むという生徒は稀で、そもそも定時制高校では、大学進学自体が一部の生徒に限られているという現実がある。しかし、この教育の原点とも思われる定時制の学校で、高大の先生方が知恵を出し合い、よりよい教育のあり方を求めていくということには大きな意味があるように思われる。この科研に参加し、刺激を受けつつ取り組んできた実践の報告をここにしたいと思う。
ロシア語を学習するに当たり、どの地域で学習するかということにはいささか温度差がある。その意味では富山県はロシア語学習に恵まれた地域であると言える。
本校のような、生徒に高い学習意欲を期待できないところでは、プロジェクト学習を効果的に用いるが、その内の一つ「わが町紹介」のサンプルに用いた富山県紹介をここに紹介する。
Здравствуйте, дорогие друзья! Меня зовут Акеми Какутани. Я приехала из префектуры Тояма.
みなさん、こんにちは。私は、富山県から参りました、角谷昭美と申します。
Наверно вы не хорошо знаете о Тояма, я расскажу вам несколько об этом месте.
あまりご存じないことと思いますので、ちょっと紹介させていただきます。
Недавно (в марте этого года) между Токио и Тояма, Каназава, у нас открылась новая линия Синкансен и стало удобно ездить туда и обратно быстрее.
今年の3月に北陸新幹線が開通し、東京がずいぶん近くなりました。
У нас есть высокие горы, которые называются Японские Альпы. И нашу префектуру окружают горы и море, Тоямский залив. Благодаря такому рельефу местности, у нас мало тайфунов и землетрясений. И вид очень красивый.
日本アルプス(飛騨、木曾、赤石)と呼ばれる山々があり、北アルプスの立山と、日本海に面する富山湾に囲まれ、台風や地震などの自然災害も少なく、とても美しいところです。
У нас вкусные вода и рыба, кальмар светлячок, белые креветки, «сасими» лакедра-(желтохвостая), «суси» из симы, и другие «суси». (Слюнки потекли!) Рис и сакэ также очень вкусные.
水と魚が美味しく、水がおいしいということはもちろん、米と日本酒もおいしいということです。
У нас есть международный порт, который называется Тояма-синко. Там часто стоят Росские суда, поэтому мне кажется, что жители Тояма больше чем (жители) других мест чувствуют симпатию к России.
また、国際港である富山新港にはロシア船が停泊し、富山県人にとっては、他のところに住む日本人よりは、ロシアを身近に感じるような気がします。
И японское море видимо как озеро и мы жвём очень близко.
そして、日本海はまるで湖のように見えます。
(*この地図は富山県が作成した地図(の一部)を転載したものである。) (平24情使第238号)
生徒に課した「わが町紹介」を自ら体験してみると、なかなか難しいことに気付く。発表内容を暗記し、相手に伝わるように話すことの難しさ。教師もたまに生徒の課題を自分のものとして体験してみるのもいいかもしれない。
さて、そのような地の利のある場所で担当している授業は選択授業で、また週2時間の連続授業で、毎年生徒5~10名ほど、社会人は、2~4名ほどが受講している。
毎回の授業に生徒の顔を思い浮かべながら頭を悩ませている。というのも、生徒次第で授業のあり方が変わるからである。学習レベル、学習歴、家庭環境、そして、国籍さえも様々に異なる生徒たちを相手に授業を成立させるためには、かなり彼らに歩み寄ることが必要になる。彼らの知的好奇心をくすぐるような授業展開を考えなくてはならない。以下は、ちょっとしたアイデア集である。
① キリル文字の導入に、歌やカードの使用
その形や音を身近に感じることが目的である。
使用した歌や物語のリスト:
② 「家族」のトピック導入に国民的アニメ「サザエさん」
ロシア語の家族を表す言葉「セミヤー」が数字の7と関連しており、ちょうどサザエさんの家族も7人家族なので、家族紹介の導入に適している。
③ 数字の導入にマトリョーシカを利用
マトリョーシカの中にいくつマトリョーシカが入っているのか、わくわくしながら数字を学ぶことができる。
④ 生徒の国籍の違いを授業に取り入れること
授業の中で、日本とロシアだけでなく、様々な国籍の生徒たちの国々についても言及。ロシアと日本を比較するだけでなく、彼らの国の話も引き出す。お互いの国や文化を同等に扱い、互いの価値観の違いを認識し、相互理解を深める。
⑤ ゲームの多用
⑥ プロジェクト学習 その2:「ロシア船訪問交流」(めやすの実践)
【学習シナリオ】・・・富山新港に定期的に来るロシア(貨物)船を訪問し、交流活動をして理解を深め、互いの文化を紹介し、互いに有意義な時間を持つ。
【学習対象者】・・・学習後半年、ようやく文字が読め、あいさつができる状態。
【セールスポイント】・・・
【準備】
(教師側)
(生徒側)
【訪問前】
実際には、訪問する船が一日しかその港に停泊しないという、かなりタイトなスケジュール(実際の訪問時間は1時間ほど)であった。船の方々にとって迷惑に思われ、もしかしたら断られるかもしれないと心配していた。
しかし、要項送付後、船長さんからこのようなお手紙をいただいた。
私たち(船長やクルー)に対する敬意をとてもうれしく思っております。 高校生のみなさんと船上でお会いし、お話できることを楽しみにしております。 残念なことに、富山港での停泊時間は短く、クルー全員で速やかに荷物を積まなければならなりません。しかし、我々は、可能な限り高校生の皆さんを歓待したいと思っています。
【当日の様子】
移動車中、生徒たちは緊張のため表情もかたく、テンションも上がらず、励ましが必要だった。気持ちを高めるため、自己紹介の練習をしたり、みんなで歌を歌ったりした。
訪船時は積込み作業中だったので、危険防止のためヘルメット着用で乗船。
船内を見学。船員さんたちには、細部に至るまでとても気遣っていただき、ジェントルマンとして接していただいた。生徒の緊張も次第に解け、質問が飛び交い、話が弾んだ。
その後、食堂に戻り手作りパイナップルケーキとお茶をいただき、一息ついたところで生徒は自己紹介をして、一緒にロシアの歌、日本の歌を歌った。
船員の方々も一緒に日本の歌を歌われ、日本文化にきちんと向き合おうという姿勢が伝わってきた。
生徒たちは全員、精一杯堂々と自己紹介や歌のプレゼンをこなした。
【生徒の感想】
【後日談】
生徒の感想をロシア語にし、写真と一緒に送付した。
すると、また思いがけず、船長さんから次のような返事が届いた。
ЗДРАВСТВУЙТЕ !!!
ОЧЕНЬ БЛАГОДАРНЫ ШКОЛЬНИКАМ " СИКИНО " ЗА ТАКИЕ ПРИЯТНЫЕ ОТЗЫВЫ О ПОСЕЩЕНИИ НАШЕГО СУДНА .ПЕРЕДАЙТЕ ИМ ОТ ВСЕГО ЭКИПАЖА , ЧТО МЫ БУД ЕМ ОЧЕНЬ РАДЫ ВИДЕТЬ ИХ НА БОРТУ НАШЕГО СУ ДНА В ЛЮБОЙ ДЕНЬ .
ЕЩЕ РАЗ СПАСИБО.
こんにちは!!!
志貴野高校の生徒たちがよろこんでくれて、とても嬉しく思います。乗組員全員がいつでも訪船を歓迎していることを彼らに伝えてください。
もう一度、ありがとう。
ウラン ウデ号 船長スタニスラフ
【交流活動を終えて】
このような活動は、生徒たちにとってたいへん貴重な体験であることを再認識した。交流を継続していくためにも、これからも、一方通行の活動ではなく、相手も何か得られる、双方向にウィンウィンの関係になるような活動にしたいと考える。
定時制高校の生徒たちは、小・中学校を不登校などで学校へ通っていなかったり、家が経済的に苦しいため自分が働かざるをえなかったり、また家庭に恵まれていなかったり、自分が何かしらの障害をもっていたりと、どの生徒も何かしら、こちらの想定外の問題を抱えてやって来る。しかし、少人数クラスで学習できるので、授業で教師は生徒一人一人にかかわることができ、生徒の学習成果をまのあたりに実感でき、そのことは教師冥利につきるものである。
どのような生徒に対しても学ぶ喜びを与えるのが教師の役割であり、また喜びでもある。そのためには努力を惜しまずこれからも取り組んでいきたい。
(富山県立志貴野高等学校 角谷 昭美)