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外国語を学ぶとは?

母語の発達は下から上へ,一方,外国語の発達は上から下へ

image03.png さて,それでは外国語を学ぶということは,母語を学ぶ場合とどのような違いがあるでしょう.外国語と母語の習得の関係についてヴィゴツキーは「母語の発達は下から上へ,一方,外国語の発達は上から下へと進むと言える」(Выготский 1996: 265)と述べています.

 子どもはことばを獲得する過程と並行して,随意的注意,論理的記憶,比較,区別,抽象化といった高度の認知的能力を長い年月をかけて徐々に築き上げ,そのような能力に支えられながら,母語の概念体系,文法体系を作り上げていきます.一方,少なくとも中高生以上の学習者の場合には,すでに認知的能力そのものは身につけています.ですから,彼らは母語の概念体系,文法体系を外国語のそれと比較することで,とても短期間に知識としての外国語の体系を理解することができるようになります.ただしあくまでそれは知識にすぎません.その知識を現実の世界の中で自在に応用し,実際にコミュニケーションの道具,思考の道具として使っていけるようにするためには,やはり子どもの場合と同じように,それらの知識を使った具体的な体験-活動ということの積み重ね,出来事と一体化したことばの体験が不可欠になってきます.

出来事と一体化した「ことば」の習得

 外国語学習での文産出を可能にするメカニズムの1つとして,語彙チャンクという考え方があります.「頭の中に丸ごと蓄えている構文や語彙のまとまりを土台にして」文が産出されるという考え方です(Schmitt 2004, 門田 2009).構文や語彙のまとまり ― つまり出来事としてのイメージを土台に,文産出がなされるということですが,このことからも,外国語学習においても,やはり「出来事を通して,出来事と一体化した形でことばは習得される」のだということがわかるかと思います.

出来事への共感・共鳴がもたらす「ことば」の習得

image04.png そして何より,そのような出来事への共感・共鳴がなければ「ことば」の習得は進まない,ということが大前提としてあります.

 ですから,外国語学習での素材選びは,学習者の共感を得るもの,知的レベルにあった内容である必要があります.そして,その内容を素材にしながら,学習者が自らの興味と意志で,明確な目的を持って活動をする,その活動の中に有機的に素材が組み込まれている,ということが求められているのです.

 語やフレーズを上手に覚えさせるための様々な絵カードやゲームなど,それ自体は,知識としての語彙体系を学習者に形成する上で,重要な取り組みと言えるかと思います.ただ,もしそれだけにとどまっていれば,学習はやがて退屈なものになるでしょうし,その「ことば」はいつまでたっても,学習者の中で「生きたことば」とはなりません.また,学習者にテーマを提示して,「何について話すか」という課題を与えても,それが学習者のやりたいことにつながらなければ,あとに何も残さない,空疎な時間となってしまう危険性を孕んでいます.

 「何のために,どうして,どのような目的で話す(書く)のか」という「話す(書く)」目的としての課題設定,学習者が自らの興味と意志で,自律的にやりとげることを目指せるような,知的レベルに合った課題設定.学習を組み立てる前に,ぜひ一度,立ち止まってこういった内容について考えていただければと思います.(林田理惠)

文献
門田修平. 2009. 「インプットとアウトプットをいかにつなぐか」『英語教育』vol. 57, 2, pp.10-13.
Schmitt, N. 2004. Formulaic sequences. Amsterdam: John Benjamins.
Tomasello, M. 1992. First verbs: A case study of early grammatical development. Cambridge University Press.
Выготский, Л. С. 1996. Мышление и речь. М.(柴田義松訳『思考と言語』新読書社).